過去の書評:森博嗣/9作品



最近、人生で何度目かの森博嗣中毒に陥ってるので、過去のレビューも一気にアップしてみる。

作家・森博嗣の紡ぎだす物語は、現役の工学博士であるという著者のプロフィールや、また舞台設定・ロジカルな文体から「理系小説」と呼ばれ、ある種極めて強くオタク臭を漂わせる作家であるが、デビュー時より「すでに完成された小説家」と言われており、多作でありながらもほとんどの作品が脅威の完成度を備えている。天才、と言われる所以だ。

読書家全体で見ると、好き嫌いはかなり分かれそうな作家であるが、著作の大半を占めるミステリ系と、「スカイ・クロラ (中公文庫)」シリーズのような純文学系とでは、読者に与える印象もまた異なる。

いずれにせよ、読書好きだけれど、最近ハマれる本がないなあ・・・と思われている方は一度手に取ってみる価値はあるだろう。


ちなみに、読書時期がかなり昔のため、レビューとしては紹介していませんが、森博嗣の代表作はS&Mシリーズと言われる以下の作品です。

魔剣天翔 Cockpit on Knife Edge (講談社文庫)

魔剣天翔 Cockpit on Knife Edge (講談社文庫)

★★★★☆→キャラクターの個性バクバツ
副題:「Cockpit on Knife Edge」
Vシリーズ5作目。

これはなかなか良かったんじゃないでしょうか。
過去のレビューに書いているように、Vシリーズはどうもバランスが悪くて好きになれなかったのですが、ようやく著者の中で整理がついてきたのかな、といった印象を受けました。

森作品は総じて、キャラクターの個性が非常に強いです。
時折その故に、スムーズなストーリー進行に支障をきたすことがあり、Vシリーズは特にその傾向が強い作品でした。
登場人物の名前からして保呂草潤平・小鳥遊錬無・香具山紫子・瀬在丸紅子・根来機千瑛と個性爆発です。これでもかと言うくらいに自己主張が溢れまくっています。(「ねごろきちえい」なんて名前、良く考え付くよなあ・・・)

しかし、Vシリーズ序作においては、そのカラフルすぎるキャラクターの一人一人を描き切ることができていなかったように思います。一冊読み終わっても、まだ登場人物の性格が掴めないと言うか。しかしまあ、仕方がないんでしょうね。一中篇中に登場する主要キャラとしては明らかに数が多すぎです。

重すぎる荷物を背負って助走していたのが前作目までで、本作にてようやく離陸できたということなんでしょう。何にせよ、愛読者としては喜ばしいことです。

さて、本作の題材は「アクロバット飛行機」。
操縦士と助手、2人しか乗れない筈の飛行機の中で飛行中に起きた密室殺人、というなかなか斬新なアイデアをサスペンス溢れる筆致で書き切っています。
各キャラクターの個性も良く表現されていて、非常に秀逸な出来栄えです。

ちなみに、作中で登場する秘宝「エンジェル・マヌーバ」は、「捩れ屋敷の利鈍 (講談社文庫)」でも登場します。本作ではあまり具体的な描写はされていないのですが、具体的に知りたい方は、そちらの作品もどうぞ。

(2004/1/19)



女王の百年密室―GOD SAVE THE QUEEN (新潮文庫)

女王の百年密室―GOD SAVE THE QUEEN (新潮文庫)

★★★★☆→珍しいファンタジックSF作品
副題:「God Save the Queen

非シリーズの長編もの。
ファンタジック・SFミステリとでも言えば良いのでしょうか。
時代設定は近未来、科学が現在よりもずっと発展した世界における物語です。

登場人物は皆カタカナ名、中には日本人らしき人間もいますが、全体としては多国籍=無国籍な舞台設定となっています。それもその筈、道に迷った主人公が辿り着いたのは、時代外れの"女王"が統治する「どこでもない場所」だったのです。

その国にすむ人は何故か皆穏やかで、犯罪とは無縁の場所のように見えます。
そこでは「死」の概念が我々の常識とは違っており、驚くべきことに、精神と肉体が生命活動を終えたからと言って、「死んだ」とは見なされません。

一見理想の楽園とも言うべきそんな場所で、ある時密室殺人が起こります。

「目にすれば失い、口にすれば果てる」
この言葉をお題目とし、決して殺人の事実を認めようとしない人々の中で、主人公は、ただ一人真実を求めるための行動を取り始めます。徐々に明るみになる真実、そして驚愕のクライマックス。

生とは?
死とは?

楽園の謎が解ける時、それらの問いに答えは出るのでしょうか?

とにかく非常に個性的な小説で、著者の懐の深さに改めて驚かされました。
奇妙な舞台設定もさることながら、ほとんどの登場人物が「推理」を放棄しているような状況の中で、それでもきっちりとミステリに仕立てているところはさすがです。

ストーリー以外にも、主人公のパートナーとなるウォーカロン(walk alone)の存在、自動照準システムを搭載した拳銃やエアバッグ付きの防護服など、魅力的なツールがたくさん出てきて、なかなか楽しめます。

森博嗣という小説家は個人的にはとても不思議な作家で、真摯に作品世界の構築に尽力する「ザ・小説家」としての面もあれば、ときおり信じられないくらいふざけた書き方をして読み手を失望させる時もあります。(そのブラックボックス性が魅力なのでしょうが)

女王の百年密室」は、紛れもなく作家・森博嗣の力量が余すところなく発揮された作品と言えます。
ずばり、オススメです。

(2003/10/31)



虚空の逆マトリクス(INVERSE OF VOID MATRIX) (講談社文庫)

虚空の逆マトリクス(INVERSE OF VOID MATRIX) (講談社文庫)

★★★☆☆→「はずれ」ではないが・・・な短編集
副題:「Inverse of Void Matrix」
森ミステリの短編集。

一言で言うと、そこそこ行儀の良い作品が小さくまとまっている、といった感じでしょうか。外れもない代わりに、そんなに大きな当たりもないような気がします。

個人的には「ゲームの国(リリおばさんの事件簿1)」と、「いつ入れ替わった?」がお気に入りです。

前者は、回文探偵リリおばさん大活躍の物語なんですが、ストーリーよりは、何種類も登場する回文(上からよんでも下から読んでも同じ言葉。しんぶんし、みたいな)に感心しました。これ全部森博嗣が考えたんだろうか。だとしたらすごいですね。

後者は、何と言ってもS&Mシリーズの主人公、犀川と萌絵のラブストーリーがキモでしょう。おそらく森ファンの大部分を占めるS&Mシリーズ中毒者にとってはたまらない内容となっています。

各短編、作風は多様で、作者の懐の深さを感じさせますが、一方で、どうにもまとまりのない作品になっちゃってるな、という感じはします。

これも、森博嗣入門というよりは、S&Mシリーズくらいは読破した人向けでしょう。買って損はないと思いますよ。

(2003/9/5)



捩れ屋敷の利鈍 (講談社文庫)

捩れ屋敷の利鈍 (講談社文庫)

★★★★☆→ダークな保呂草が見れます
副題:「The Riddle in Torsional Nest」

Vシリーズ第8弾。

この作品、他のシリーズものとは、大きく異なっている点があります。
それは、登場人物。
森博嗣作品の中でも最高の人気を誇るS&Mシリーズのヒロイン西之園萌絵と、Vシリーズの準主役保呂草順平が共演(?)しているのです。ある意味ファンにはたまらない作品だと言えるでしょう。

ストーリーは、純粋な密室ものミステリ。
メビウスの輪を象った建物の中に飾られた秘宝「エンジェル・マヌーバ」を巡る物語です。

この作品も、単純に謎が解決して終了、とはならず、最後にアルセーヌ・ルパンばりのイベントが用意されています。
今まではあまり見せなかった保呂草順平のダークな一面も垣間見え、ファンにとっては驚きだけでなく今後の作品への期待を抱かせてくれる展開となっています。

総じてオススメ作品と言えるのですが、S&Mシリーズを読んでからじゃないと、面白さが半減してしまうかもしれませんね。

(2003/9/5)



そして二人だけになった―Until Death Do Us Part (新潮文庫)

そして二人だけになった―Until Death Do Us Part (新潮文庫)

★★★★★→重厚かつ深淵、な秀作
副題:「Until Death Do Us Part」

森博嗣にしては珍しい、非シリーズものです。

盲目の天才科学者とその女性アシスタントが主人公の密室ミステリ、と、一言で言ってしまえば簡単なんですが、実は相当複雑な構成になっています。

単純な密室殺人の方法論としてのトリックは、この物語では添え物に過ぎません。
後半の一山では、科学者とアシスタントそれぞれのそっくりな双子が、トリックの最大の要素となります。
しかし、実は・・・・更に・・・・いやしかし・・・と、物語はその佳境に至ってもすんなりと終わることなく、幾度となくどんでん返しが続きます。

練りに練られたトリックの披露がすべて終了しても、通常のミステリのように大団円、めでたしめでたし・・・とはなりません。
何とも言えない寂寥感を漂わせたまま、物語が静かに終わりを告げた時、読者は、それまで自分が読んでいたものが単なるミステリではないことを知ることでしょう。

謎解きを主としたいわゆる計算証明型ミステリとも、意外な大どんでん返しで読者を煙に巻くサプライズエンディングものとも違う、非常に特異な作品と言えます。

森博嗣の最高傑作と言われることも多い本作は、その場面展開の妙、ストーリーの重厚さによって、読む者に相当の体力を要求する作品です。

とりあえず、ただ、必読、とだけ申し上げておきましょう。

(2003/9/4)



堕ちていく僕たち (集英社文庫)

堕ちていく僕たち (集英社文庫)

★☆☆☆☆→インスタントラーメン繋がり、「?」な物語
副題:「Falling Ropewalkers」

これもある意味「ジャケ買い」かも。
いや、森博嗣は好きなんですけどね。

これまた妙な小説です。
一応短編集なんだけど、連作になっていて、ほとんどの物語がインスタントラーメンというキーワードで繋がっています。
簡単に言うと、インスタントラーメンを食べたら男女の性別が入れ替わったり、死んじゃったり・・・と、これだけ読んだら訳分かりませんね。

まあ、読後感40点って感じですね。
あんまり面白いものではない。

森博嗣読みまくってそれでも読み足りなくて枯渇感に堪えられない症状が出てる人は買ってみてもいいのではないでしょうか。

(2003/9/2)



工学部・水柿助教授の日常 (幻冬舎文庫)

工学部・水柿助教授の日常 (幻冬舎文庫)

★★☆☆☆→著者が主人公の徒然なる物語。ファン向け
副題:「Ordinary of Dr.Mizukaki」

ミステリ作家(多分)森博嗣の異色作。

ぼくは、好きな作家の作品はどんなものでもとりあえず全て読破してしまう習性があるので、この本もブックオフで見つけた瞬間、ほとんど反射的に購入しました。
購入時にはミステリだと勘違いしていたのですが、読んでみるとまったく違うことが判明。

ではどんな物語かと言うと、実際の大学教授である森博嗣自身をおそらくは投影したのであろう主人公の日々を、ただ徒然なるままに綴った作品。です。

ある時には呑気で、ある時は意外にもとっても大変な「大学教授(理系)」の日々をオモシロおかしく書いてます。
文体も独特で、遊び心溢れたと言うか遊び心だけしかないような何とも形容しがたいやる気のなさに満ち満ちた感じで、まあ森博嗣らしいと言えばらしいかも、です。

ファンなら買ってもいいかな。
ファンでも何でもない人は多分「金返せ」状態になると思いますので、買わない方がいいでしょう。

(2003/9/1)



月は幽咽のデバイス (講談社文庫)

月は幽咽のデバイス (講談社文庫)

★★☆☆☆→Vシリーズはどうも微妙・・・
副題:「The Sound Walks When the Moon Talks」
Vシリーズ第三弾。

うーん、どうもなあ、しっくりこないですね、このシリーズは。

巷の書評では、「本格ミステリと対をなす」とか、「二次的本格」とか「謎解きに重点を置かないミステリ」とか言われてるけど、謎解きがイマイチなミステリって、どうなんでしょうか。

確かにとっても個性的なキャラ設定やその場面場面の妙を面白いと思わないわけではないけれど、それって、しっかりとした「謎解き」が骨子にあるから生きてくるんだと思います。

まあ、ここまで読み続けてる作家だから、今後の作品も読んでいくことになるでしょうが、Vシリーズはあまりにも実験的・コンセプチュアルすぎて好きになれません。肌に合わないと言うか。

S&Mシリーズのバランス感覚が好きだったのに・・・

(2003/7/30)



夢・出逢い・魔性 (講談社文庫)

夢・出逢い・魔性 (講談社文庫)

★★☆☆☆→結構がっかり。コノヤロウ
副題:「You May Die in My Show」
S&Mシリーズを読んで以来、妙にハマってしまった森博嗣の、Vシリーズ4作目。

率直に言います。

駄作です。コノヤロウ。

ヒネりも驚きもないミステリって、どうなんでしょうか。
森博嗣の作品の中では、初めての「ハズレ」だと思います。
Vシリーズも今までのものは結構面白かったんですけどねえ・・・

しかし、「夢・出会い・魔性」って、「夢で会いましょう」だよね。
更に、副題として付けられている「You May Die in My Show」も、「ゆーめいだいいんまいしょう」・・・・「ゆめであいましょう」って、かなり苦しいですね、これは。

個人的には、S&Mシリーズ「封印再度 (講談社文庫)」の副題「Who Inside」が一番しっくり来ます。

いずれにしろ、内容とはまったく関係ない部分ですが。

(2003/7/20)


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